採用が増え、「そろそろ産業医が必要かもしれない」と気づいた時点が、体制づくりを始める機会です。産業医選任の手続きは、医師との契約だけでは完了しません。対象となる事業場の確認、選任、報告、社内周知、健康情報の受渡しまでを一つの計画として進めましょう。この記事では、初めて担当する人事総務の方に向けて、実務の順序を整理します。法令・公式情報の確認日は2026年10月11日です。
まず「会社全体」ではなく事業場を確認する
産業医の選任義務は、原則として常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに生じます。本社と支店の人数を単純に合計して判断する制度ではありません。一方、小さな拠点が独立した事業場といえるかは、所在地だけでなく、業務や労務管理の独立性などを踏まえて判断します。迷う場合は所轄労働基準監督署に確認しましょう。
人数の確認を正社員名簿だけで済ませると、パート・アルバイトなどを見落とす可能性があります。常時使用する労働者の範囲を確認し、雇用形態、配属先、派遣労働者の受入れ状況を整理してください。派遣元・派遣先では制度ごとに責任や人数の扱いが異なるため、健診の対象者数と産業医選任の判定人数を同じ表で安易に処理しないことが大切です。
14日以内の選任に備え、候補者を先に探す
産業医は、選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任する必要があります。「50人になってから探す」運用では、契約調整や初回訪問の日程確保が間に合わないことがあります。採用計画が見えている段階で、担当者、候補者との面談日、契約開始日、報告担当者を決めておきましょう。
医師免許があれば誰でも産業医になれるわけではなく、法令で定められた知識に関する要件を満たす必要があります。候補者には資格要件に加え、自社の業種への対応、訪問可能な地域、面談の言語、担当交代時の体制などを確認します。紹介元がある場合も、実際に担当する医師と自社の課題を共有できる機会があると安心です。
常時1,000人以上の事業場、または法令で定める一定の有害業務に常時500人以上が従事する事業場では専属産業医が必要です。常時3,000人を超える事業場では2人以上の選任が必要になります。「有害業務が少しでもあれば必ず専属」「999人までは必ず嘱託」と単純化せず、人数と業務の両方を確認してください。
契約時に決めておく五つの項目
契約では、①訪問・巡視の計画、②衛生委員会への関与、③健診後の意見聴取、④長時間労働やメンタルヘルスの面談、⑤記録と連絡方法を明確にします。基本料金に何が含まれるか、臨時面談や書類作成に追加費用があるかも確認しましょう。法定業務を実行できる時間が確保されているかが重要です。
例えば「毎月訪問する」という合意だけでは、委員会、巡視、面談が同じ時間枠に重なり、十分に対応できないことがあります。初回訪問で現状把握を行い、その後は健診時期や繁忙期に合わせて配分を調整するなど、年間の見通しを持たせます。緊急の相談が発生した際の窓口と、返答までの目安も双方で決めておきましょう。
選任報告と、交代時の報告を忘れない
選任後は、遅滞なく所轄労働基準監督署長への報告を行います。厚生労働省の案内に従って電子申請を進め、申請控えや受付状況を社内で管理してください。契約書に署名した人と申請担当者が異なる場合は、誰が完了を確認するかを決めておくと漏れを防げます。
2026年8月1日からは、産業医の辞任・解任・退任があった場合の報告も義務化されています。新たな選任と前任者の辞任等を同時に報告した場合は、別途の辞任等報告は不要とされています。また、辞任・解任時には、その旨と理由を衛生委員会等に報告する対応も必要です。交代日と後任の選任日を並べ、空白期間が生じないよう調整しましょう。
初回訪問までに用意する資料
資料は「全部渡す」よりも、目的別に整理すると使いやすくなります。組織図、事業場の配置図、主な作業、勤務体制、健診実施状況、長時間労働の状況、衛生委員会の記録、健康情報の取扱規程を準備します。個別事例の資料はアクセス権を限定し、一般の会議資料とは分けて安全に受け渡してください。
産業医の業務内容、健康相談の申出方法、健康情報の取扱方法は、従業員への周知も必要です。担当者だけが連絡先を知っている状態では相談につながりません。社内ポータルや入社時案内に窓口を載せ、上司に話しにくいときの連絡方法も示すと、制度が使われやすくなります。
選任後1か月で運用を点検する
最初の点検では、相談依頼が届くか、面談場所のプライバシーが保たれるか、医師の意見が担当部署へ届くか、改善事項に責任者が付くかを確認します。届出済みでも、必要な情報が産業医に渡らなければ実務は進みません。未完了事項を一覧にして、次回訪問で確認する仕組みにしましょう。
産業医の役割の全体像は「産業医とは」をご覧ください。アステラ産業医事務所では、選任や変更、衛生委員会、健康管理体制の整備について相談を受け付けています。事業場ごとの人数、所在地、主な業務、希望開始時期を添えてお問い合わせください。
参考にした公式情報
厚生労働省「産業医(法第13条関係)」、厚生労働省「産業医による労働者の健康管理等を徹底しましょう」。個別事業場への法令の適用は、業務や管理体制に応じて確認してください。

